educationsalonの日記

Education Salon

教育についての記事。教育現場のあまり知られていない情報をあげています。

受験勉強なんて簡単

高校生と大学生の違いはなんでしょうか?
お酒が飲める?一人暮らしができる?
答えは「学び」です。高校生の学びと大学生での学びは全く異なります。

 

テストで良い点数を取ったり、かけっこで1等賞になることに価値があると教え込むのが高校生までの教育です。
それに対して、大学での学びは画一的な価値観を意に介さず、評価基準を自分で作り、自分で「美しい」と認めるものを追求するのがアカデミズムの世界になります。もはや美学の領域で、他人がどう思おうが関係ありません。
小学校から高校までが近代教育で、大学からがアカデミックの領域になります。
やりたいこと、研究したいテーマが見えていないまま、偏差値や大学名といったブランドで進学先を選んでしまうと、近代教育から抜けきれない大学生、高校4年生になるだけです。このままでは研究戦力になりません。
近年残念に思うのが、有名進学校に行ってもその環境で染まってしまい、「学歴ガスベテー」「偏差値ガスベテー」と言っている高校生をよく見かけることです。名前でなく、やりたいことで進学先を選ぶ大学全入時代にもなったにも関わらず、あの北野高校であっても進学する価値基準が近代教育で刷り込まれた河合塾の偏差値ランキングとなっている声をよく耳にします。

           f:id:educationsalon:20200314171125j:plain

 

高校までの学びは全て答えがあります。答えに3と書かれていれば3が答えなのでしょう。
大学での学びというのは「誰も食べたことのない味の美味しい料理を作れ」といった課題について取り組むこと、研究することになります。
自分が必死に料理を考えたとしても、どこか外国でその料理が振る舞われているかもしれません。
受験勉強が簡単だというのは、答えがあり、しかもその答えになるようにレシピ(解説)まであるからです。
社会人になって働くということは、答えのない問いに答え続けていくような営みでもあります。
大学の4年間は非常に短いです。ですので、合格が決まった途端に次のステージに進めるように動けなければ4年で研究は達成できません。
そういう意味でも今は大学名よりも専攻とやりたいことを一致させることの方が遥かに重要だと繰り返し伝えています。

 

高校生までの学びは100点を目指す営みです。しかし大学では100点を取る価値はあまりありません。
大学で教授や授業担当の先生に「何点取ればいいですか?」と質問する生徒は、近代教育から脱していない現れです。
大学で100点を取る価値がないのは、時代とともに正解が変わってしまうからです。大学は研究する場所です。研究によって、これまでの答えが誤りだったということが判明数ることなんて大いにあります。ですので、満点をとっても意味があまりありません。
近未来を生きるために必要なのは60点です。残り40点で誰も知らないことをしなければなりません。
過去を知る60点と、未来を創る40点を求めるのが大学での学びです。

 

だからといって高校までの勉強を馬鹿にすることはできません。
受験勉強はコンテンツとトレーニングからなります。

コンテンツができていないと過去を知る60点も理解することができませんし、トレーニングがないと一つの研究に取り組む体力が身につきません。
受験勉強は答えがある上では簡単だと言えますが、そのコンテンツを理解する部分、使えるようにする部分(トレーニング)で苦労は伴います。どれだけ苦労して乗り越えたか、それが大学に入ってから役立つことになるでしょう。
しかし、乗り越えるためにぼくたちがいます。塾や予備校の先生はコンテンツの解説のプロとも言えます。

 

(ここから宣伝です。)
特に数学は解説を読んでも理解できない部分がある教科です。「そういうもんやから、覚えろ!」と押し付けることは簡単ですが、一問一答のように覚えても使うことはできません。理解した上で、使い方を覚えなければなりません。
数学で苦しんでいる方は是非、Education Salon OSAKAに。

 

 

いかがでしたか?
Education Salon OSAKAのホームページです。
https://r.goope.jp/educationsalon
数学が苦手な方、数学の定期テストで高得点を取りたい方、数学の力をさらに伸ばしたい方。学習相談や進路相談など、お気軽にお問い合わせして下さい^ ^